[chapter:次の星へ繋がる。その先は。]


「ただいま。」
静かな声のトーンで騎音は帰宅し扉を開けた。
すると小走りにこちらに近づいてくる足音と元気な声が出迎えた。視線を落とした視界に入る少年が1人。
「あ!おかえり騎音!どうだった?どんな子だった?!上手くできたの?!それでいつココにくるの?」
「質問は一回ずつ。奈央(なお)。」
間髪入れずに言葉が飛んでくる。奈央。そう呼ばれた少年は不満そうな声を発して間延びした返事を返す。淡いピンクと紫混じりの髪に、鮮やかな黄緑の瞳をした活発で元気そうな少年だ。
玄関からリビングに入ると、座り慣れたソファに腰を掛けようと移動しながら、部屋の中をキョロキョロと見回してみる。
それは違和感。いるはずの誰かがいない。リビングの椅子を引き座り、さっきまでそこでジュースを飲んでいたのかテーブルのコップに手をかけ飲もうとする奈央に騎音は尋ねた。
「……ねぇ、湊は?先に戻るって言ってた。」
「え?一緒じゃないの?まだ帰ってきてないよ?」
動作を止めてキョトンとした顔で答える。
「……そう。車だったし。戻るって言ったら真っ直ぐなんだけど。」
「どっか寄り道でもしてるのかなぁ?
あ!急になんか食べたくなって1人でどこかに寄ってるのかも?ほら湊ってあんななのにスゴイ量食べるじゃん!」
冗談交じりに奈央はケラケラと笑いながら答える。
「……言った。湊に言おう。奈央があんななのにって細い体型気にしてること指摘したって。」
「っえ!やっ、だ、ダメ!!嘘今の無しっ!ねぇ騎音やめてよーっ!チクんないでね!」
湊が気にしていることを言ったようだ。自分がその事をからかう様に発言したことを本人に伝わらないようにする為、奈央は慌てて念を押す。騎音は静かにソファへと腰を下ろしながら
「……チクんないよ。多分。」
奈央のお願いにながら返答し、ポケットに入れていた携帯電話を見る。

(一報も無しに帰ってきてない。なんか用事があるなら絶対痕跡残すのに)

着信もメールもチャット履歴もない。
騎音は嫌そうな表情をして、静かに声を漏らした。

「……あの人のところだ…。」


高層マンションの最上階。
夜景が一望できる角の部屋、その一室に二つの影がある。

「…それで、その後に、今日は騎音が一緒に行きました。2人とも同じエレメントなのでとてもスムーズに同調し上手くいったみたいです。………彼女は、とても上手に軌跡を詠むようでした。」
革張りのシングルソファに腰掛ける男性に向かい湊は一歩引いた距離感で、立ち尽くしたまま今日の出来事を一部始終話していた。
そこに腰掛ける男性は、細いフレームの眼鏡を指先で一度直すと、低音でどこか威圧的な声色と言葉で問いかける。
「新たな導き手、か。
それで、その言い方から察するにその少女は今のお前よりは確実に役に立ちそうだと言う事だな。」
「僕…、…、はい。そうみたいです。
でも、僕は彼女に…。
彼女をできることならあの世界を見させ続けることは、したくありません。…あんな思いを、僕は他の誰にもさせない為にも………。」
「あんな思い、とは誰の事を言っている?」
鋭い視線と脅かすような声色でその男性は問いを投げかけ返答を待つこともなく、湊へ向けていた視線を窓の外へ向けて怪訝な表情で言葉を漏らした。
「やはり、あの時交わるべきではなかった。繋がりのないよそ者を連れてきた智秋はどうかしている。
星々と同調出来た子供だと?フッ、血を分けた片割れを裏切ったくせに、よく言う………。

だいたいお前がこうなったのはなんだ。見えなくなったのは誰のせいだ?繋がりのないよそ者だったあの黒猫がお前を駄目にしたんだろう。」
「っ!…、っっやめてください!騎音のことをそんな言い方…ッッ…、お願い、やめてよ…昂連巳(あつみ)。」
昂連巳。湊の口からそう呼ばれた男性は執拗に言葉で責め立てる。湊の言葉遣いが乱れ始めると、その話し方はいつもとは違う口調へ変化した。
その胸を締め付けられる言葉に表情が歪む。触れられたくない出来事。あれは事故。
冷たく発する昂連巳の声とレンズの奥から向けられる視線。
それは湊の深くしまい込んだ部分に触れる。心が、痛く苦しい。眉をひそめて、湊は本心を口出した。
「あれは僕の責任。僕が使うって言ったこと。だから、
騎音の責任じゃない。
それに、あの時、僕で終わらせたはずだったのに星は月日を経て彼女を選んだ。綺麗で苦しい使命を、関係の無いあの子に…。
だから、…だから、莉紗さんのことは、僕が監視します。
あの子の綺麗な記憶を、消したくないから。」
その言葉を打ち消すように昂連巳は執拗かつ絶望的に、その言葉を吐いた。
「ステラティカとなった者は、戻れない。たとえ、お前達が拒もうとも。軌道/オルビタは修正できない。
叶える為に捧げるか、すべてを消してしまうか。
…お前の事だ、まだその真意を話さずにいる。それが優しさだと思っているんだろう?あの軌跡を見ることは、記憶と存在が代償となることを。
お前は酷な存在だな、湊。
役立たずなお前が、誰を救えるんだ。その少女を守れるのか?お前はなんだ」

「…………僕は。………いえ、なんでも。
はい、そうです。僕は、もう使い物にならない役立たずですから。
ただ、見守って、星を探すだけ」
反抗するように言いかけるが、その言葉を飲み込み、湊は自虐的に自分を表した。
昂連巳の漏らした言葉は、自分を責めるが、何処か彼自身も戒めるようにも聞こえた。
数秒の空白。眼を伏せて黙る湊を横目に、そしてもう一度窓の外へ視線を向け吐き捨てる。
「……全く……………不愉快だ。」
昂連巳の表情は曇り、窓ガラス越しに映る立ち尽くしたままの湊を視界に捉えそして、すべてをその一言で片付けた。


いつか終わるその日まで。
これが運命ならば、変えられる。
しかし必然というのなら、

従うしかない。

今夜、少女の瞳にしっかりと記された、
星の印。星の半印を持つ者…メタ・ラ・ステラティカ。
それは星屑の軌跡を辿り、我らを導く、星屑の欠片を目指して。

さぁ今宵も、ゆっくりと天球儀を廻そう。
どこまでも煌めく夜に、あの場所で、
次の星座を記して。

新たな導き手と刻む時間は、まだ始まったばかり。

🔚